金 買取について
「チューリッヒの小鬼たち」これはかつての英国首相、今は亡きハロルド・ウィルソンによる一九六四年の発言であの一言には、そんなウィルソン氏の思いが込められていた。
実際に、スイスは徹底した銀行秘密主義の国である。
透明性とか、説明責任などという言葉とはおよそほど遠い秘密主義のベールの中に、取引先情報を包み隠すことを旨として来た。
そうすることで、世界の富裕層の資産運用を一手に引き受ける。
それがスイス型バンキングのビジネス・モデルであった。
それは基本的に今も変わらない。
決して大見得を切ったり、派手な立ち回り方などすることはない。
無言のうちに大きな利益を追求する。
それがスイス型バンキングの真骨頂だ。
そのような小鬼たちの機敏な小回りによって、偉大なポンドが危機に陥る。
そのことがウィルソン氏の焦燥の発言につながった。
二一世紀の小鬼たち時代が下って一二世紀グローバル時代となった今日、ウィルソン氏がこの場に居合わせたとすれば、彼の箪篭を買って小鬼のレッテルを貼られるのは、誰だろう。
それはおそらく、一に投資銀行であり、二にヘッジファンドである。
投資銀行の業務形態については既にみた。
要は預金を受け入れない銀行であり、融資をしない銀行だ。
預金ではなくて投資資金を資本市場から調達する。
証券化商品の売買の中で資金量を膨らませていく。
レバレッジ・ビジネスでわずかな元手で大きく儲ける。
ヘッジファンドの方は、要するに投資信託ビジネスの担い手だ。
株や為替はもとより、各種の金融商品の売りと買いをうまく組み合わせることで、リスクを回避し、あわよくば大きな収益を上げる。
その売り買いの巧みさを競うビジネスである。
ヘッジ(富岳@)には垣根とか遮蔽物の意味がある。
危険に対して垣根を立てる。
それがリスクをヘッジするということの意味である。
したがって、ヘッジファンドは収益最大化を志向すると同時に、損失を極小化するための安全弁を設けることに主眼をおいた証券ビジネスだということになる。
その創始者は、アメリカ人の社会科学者であり金融ジャーナリストでもあるアルフレッド・ジョーンズだといわれる。
彼が一九四九年に考案した証券投資モデルが、今日的ヘッジファンドの原型だというのが定説だ。
もっとも、現在、活動している各種のヘッジファンドの中には、反対売買を行うことで損失を極小化するというやり方をとらないものもある。
その意味で、ヘッジファンドという総称はもはやかなり不正確になっている。
とはいえ、いずれにせよ、多様な金融商品への投資で大儲けしようという基本的発想に変わりはない。
彼らに資金を託す投資家の中には、むろん、投資銀行も含まれる。
また、多くの投資銀行がみずからの傘下にヘッジファンドを擁している。
そのおかげで、手痛い打撃を蒙った投資銀行はこの間枚挙にいとまがなかった。
ベア・スターンズ社とBNPパリバ社のケースはみた通りである。
いずれも、傘下ファンドがサブプライム問題に巻き込まれたことで、大損失を余儀なくされた。
一人歩きする金融投資銀行にしても、ヘッジファンドにしても、その事業内容はかつての「チューリッヒの小鬼たち」ほど秘密のベールに閉ざされているわけではない。
だが、彼らの行動については、誰がどこまでどう規制・監督を行うのかが、結局のところはっきりしないままで今日に至っている。
それが直接・間接に今日の金融激震をもたらして来た。
そのような認識が、今、主要国の間で共有されつつある。
それを踏まえて、新たな規制の体制整備に踏み出そうとしているのが現状だ。
もっとも、ウィルソン氏が彼らの動き方を目の当たりにしたとすれば、最も憤慨するのは秘密主義の問題ではないだろう。
ウィルソン氏が彼らに小鬼のレッテルを貼りたくなると考えられるのは、彼らが金融の一人歩きを促す役どころを果たして来た点である。
ここでいう金融の一人歩きとは、モノの世界から遊離したカネの世界の自己展開という意味である。
モノの世界の安泰と繁栄を担保するためにカネを回す。
そのような金融の有り方を「産業金融」と表現するとすれば、それと最も遠いところで、いわば、ひたすらカネを増やすためにカネを回すビジネスにいそしんで来たのが、ヘッジファンドであり、投資銀行だ。
このような金融の動き方を、ウィルソン氏は許し難いこと甚だしいと感じるに違いない。
金融工学無き時代には考えるべくもなかった彼らの行動原理に対して、著しい疑念を抱くことだろう。
むろん、ヘッジファンドも投資銀行も、そのビジネスの全てがただただカネの増殖に徹しているだけだとはいえない。
成長企業の投資や業容拡張戦略をカネと知恵を出すことで支援する。
その役割を担って来たことも間違いない。
だが、それにしても、従来型の「産業金融」とはかなりニュアンスが異なっている。
カネとモノの遊離はいつ始まったか。
金融の一人歩きはどのような環境の中で進んで来たのか。
その答えは、前節でみた金融の自由化とIT化、そして証券化のプロセスの中にある。
なぜ我々はここにいるのか証券と銀行の兼業に規制なく、金利設定に規制なく、金融ビジネスの地理的展開にも規制がない。
二○世紀が幕を閉じる段階で、アメリカの金融市場はそのような状態に到達していた。
こうして何でもありの度合が高まれば高まるほど、市場は競争的になる。
当然そうだ。
何でもありとなれば、様々な市場参加者たちが様々なことをやりだす。
次から次へと新しい金融商品や新しい金融サービスが出現する。
それにともない、金融はそもそも、何のために存在するのかが次第に忘れられていく兆候がみえ始めた。
例えば、先にみたように住宅ローン債権の証券化は、住宅市場への資金の安定供給を目指して始まった。
住宅金融の円滑化を図ることで、誰もが持ち家を手に入れることが出来るような体制を整える。
そのための手段としてのローン債権の証券化であった。
つまり、最終目的は金融市場の外にあった。
あくまでも、モノの世界の安泰と繁栄を期するために、金融上の工夫がなされ、新しい手法が開発されたのである。
そこに金融証券化の原点があった。
銀行の全ての債権を証券化して、銀行の帳簿上から別の投資家の帳簿上に放り出すことが、なぜ我々はここにいるのか全てが一人歩きした時いずれにせよ、金融の一人歩きは人騒がせだ。
サブプライム・ローン証券化商品を巡る損失は、それらの商品に投資した投資家たちだけに限られていたわけではない。
その影響は地球の津々浦々で、サブプライムとは全く縁のなかった人々の投資ポートフォリオに激震を及ぼした。
サブプライム関連損失が大きかった金融機関の株が下がれば、それらの株を投資信託などを介して間接保有していた小口投資家、年金生活者たちは直ちに被害を蒙る。
実際に、そのようなケースが世界中で多々発生したことを我々はすでに知っている。
この人騒がせな金融の一人歩きを大いに後押しして来たのが、ヘッジファンドと投資銀行たちだった。
だからといって、彼らが悪玉だと決めつけようとしているわけではない。
彼らがそのような役割を果たすに至ったのは、要は成り行きだといっていい。
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